母は食べるのと作るのが趣味みたいでしたからね。他の店に行っておいしいと思うものがあったら、その味を盗んでいました。「この味はあそこのをちょっと変えてみたんだ。おいしいやろう」と言ってましたね。おかげでいろんな料理を食べさせてもらいました。
特に強く思い出として残っているものが、三つあります。
一つは肉玉といって、牛肉と卵だけを炒めた料理。砂糖を結構いっぱい入れて、あとはみりんを加え、それにしょうゆをちょっと振って、牛肉と卵に絡めて炒めただけの料理。簡単なようですけど、これが良かったですよねえ。ご飯にのせて丼みたいにして食べました。朝食によく作ってくれました。
二つ目は、ぬか漬けです。キュウリとかダイコンのようなポピュラーなのもいいですけど、キャベツのぬか漬けが最高においしかったんです。浅漬けではなく黄色くなるくらい漬かっていて、とても酸っぱくなっていました。茶がゆ(お茶で炊いたおかゆ)を冷たくして一緒に食べたら絶品でしたねえ。16歳で親元を離れたんですが、実家に帰るたびぬか漬けを食べるのが楽しみでした。
あとはつくだ煮。フキもいいんですけど、サンショウのつくだ煮も良かったですね。母はずっと関西なんですけど、なぜかつくだ煮はすごくしょっぱく作っていたんですよ。そのしょっぱさが良くて、東京に出てからとても恋しく感じました。
この三つが並ぶ朝食は、うれしかったですね。当時の大阪ですから、納豆は出ません。それにわが家ではみそ汁文化がなくて、実家にいる頃は、朝食でみそ汁はほとんど飲まなかったです。
俳優の仕事では、長期間の地方ロケに出ることがあります。そういうロケでは疲れがたまる上、緊張もするので、食欲がなくなるじゃないですか。
撮影の合間に出てくるのは、お弁当が多いです。それで長期のロケをする時は、母に頼んでつくだ煮を送ってもらって、ご飯と一緒におなかに詰め込んだんです。元気が出た記憶がありますね。
もう30年も前になりますけど、ドラマの撮影で、北海道に2、3カ月もいたことがあるんです。
その時に、共演した西岡徳馬さんが、母の作ったフキのつくだ煮をおいしい、おいしいと食べてくれたことを思い出します。母のつくだ煮を褒められると、こっちもうれしくなりましたよね。
そのロケは芦別という街で行われたんですが、そこで食べたメロンも絶品でしたねえ。
撮影が休みの日に、徳馬さんと二人で車を借りて、富良野まで行ったことがあるんですよ。さて富良野で食事をしようと、今でいう道の駅のような店に入りました。そこで食べたじゃがバター。これもうまくってね。ロケ中の楽しみといえば、その土地のおいしいものを食べること。それがなければ、楽しみは何もないと言っていいくらいですよ。あの時は、北海道の野菜や果物のおいしさに感謝したものです。
ところで母は、食堂をお好み焼き屋に変えましたが、母が亡くなってからは、弟が店を継いでいます。
お好み焼きといえば、なんといってもキャベツです。不思議なもので、キャベツは切り方で味が変わってきますね。さらに焼き方にもこつがある。ネギもそうですが、甘味を引き出す焼き方があるんです。素材のうま味を生かすよう、弟はずいぶんと頑張っているようです。
あしかわ・まこと 1960年、大阪府生まれ。80~81年放送のドラマ「翔んだカップル」に主演し、注目を集める。「その男、凶暴につき」など北野武監督映画に多数出演。西岡徳馬さんらと芦別で撮影したドラマは「チロルの挽歌」(92年)。映画「人生の約束」「クズとブスとゲス」「殿、利息でござる!」「アンダードッグ」など出演作多数。趣味は野球とボクシング。出演映画「首」が11月23日に公開される。