離農多く危機感
「長い間、規模を大きくするか、それとも撤退するかを農家に求め過ぎた。中小農家が役割を果たす地域社会の弱体化につながってしまった」
米農務省のトム・ビルサック長官は、昨年12月末に発表した1年間を振り返る発表文書で、競争最優先だった農政に対する反省を述べた。大規模な企業的農業のイメージが強い米国でも農家の半分は販売額が1万ドル(約130万円)に達しない。淘汰(とうた)は進んでいるものの、こうした小規模農家が全米の農地の3割を占めているが、存在感は低下している。
欧州連合(EU)のヤヌシュ・ヴォイチェホフスキ農業・農村担当欧州委員(農相)も先月開かれた会合の演説で「EUでは800の農家が毎日離農している。この数字を見るだけで農業と農村地域社会が直面している課題の大きさが分かる」と危機感を表明。「中小の家族農業をもっと支援し、同時に巨大な農業経営への補助金総額を制限することで農地の過剰な集積を防ぐ」と宣言した。
大規模化を反省
欧州と米国の農政は、濃淡はあるが、効率化を長年重視してきた点で共通する。農家の規模拡大を後押しし、その分生産性の低い農家の離農を黙認。国内外の産地と競争し生き残るには「強い農業」が欠かせないという考え方だ。欧米の農業補助金の大半は、規模が大きくなればそれだけ金額も大きくなるため、大規模農家に手厚い支援となる仕組みだ。
農業の構造改革が進んだ結果、大規模農業経営が農業生産の中で主要な役割を果たすようになってきたが、農家減に伴う農村社会の弱体化など、日本でもおなじみの深刻な課題に直面するようになった。農産物輸出を巡って対立することもある二つの農業大国指導者は、足元で進む農村の空洞化に強い危機感を共有した形だ。
相変わらず効率化や競争力強化に農政の軸足を置く日本と、素直に従来の路線への反省を表明する欧米との違いは大きいように見える。
実現には障壁も
ただし、欧米の農政が直ちに家族農業重視に向けて大きく転換するかどうかははっきりしない。立ちふさがる要素の一つは政治だ。
米国の農政をウオッチしてきたジャーナリストのエド・マイスナーさんは電話インタビューに応じ、「ビルサック長官が小規模な農業を大切にしようというメッセージを出していることは評価できる。しかし、農政の柱となる米国農業法は議会が練り上げる。農務省はアドバイザーの立場に過ぎない。企業的な農業を進めてきた野党共和党の意向を無視して転換することは難しいだろう」と解説する。さらに大統領選挙で共和党のトランプ氏が再選された場合、支持基盤である大規模農家を重視する傾向に拍車がかかる可能性すらあると指摘した。
欧州の場合も複雑だ。農林中金総研の平澤明彦理事研究員は「EUの農業部門は以前から中小農業者への支援と大規模農業者の補助金制限を進めてきた。ヴォイチェホフスキ委員の発言は意外なものではない」と話す。しかし、昨年から始まった新しい共通農業政策は、加盟国による自主性を重視する仕組みとなった。欧州内では移民などの弱者を排斥する右派政党が各地で躍進するなど政治の混乱が続く。ヴォイチェホフスキ委員のかけ声だけで、現場の農政が動くかどうかは疑問だ。