「株高が直接、農業に好影響を与えることは、まずないだろう」。農業と金融に詳しい農林中金総合研究所の古江晋也主任研究員は、そう指摘する。
これまでの日経平均株価の最高値は、1989年12月の3万8957円44銭。35年前のバブル真っ只中だったが、それを更新したのが2月22日だった。その後もバブル期の水準を超えていて、1日の終値は前日比744円63銭高の3万9910円82銭と、史上最高値を更新。3月に入っても高値が続く。
バブル期と異なるのは、株高の前から物価が大きく上昇し、消費者に景気が上向いた実感がないことだ。古江氏は「株高が消費者の賃金に反映されないと、農産物の価格は上がらない」と説明。農産物を買う一般消費者の懐が潤わないと、農業にまで恩恵は届かないということだ。
今回の株高の側面として、「折からの物価上昇による値上げも追い風になった」と古江氏は指摘する。ただ、実際に値上げに踏み切ることができたのは、メーカー主導で出荷価格や希望小売価格を引き上げ、値上げができる生鮮品を除いた食品や日用品などだ。
関連企業の業績は好調だ。3月期決算の上場食品企業の上位20社のうち、15社が第3四半期決算で増収・営業増益となっている。
一方、農産物は、需給バランスが価格に与える影響が大きいため、資材価格の高騰下にあっても、その分を転嫁して値上げするのが難しい状況にある。
実際、2023年の農業物価指数のうち、農産物は107・8(20年=100)。生産資材全体の121・3を下回り、農業経営は厳しさを増す。
農産物の価格が上がったとしても、消費者の賃金がそれを受け入れられる水準に上がらないと「より安価な加工食品などに需要が向かう可能性がある」(古江氏)。
農産物価格の値上げの鍵となる賃金水準は今のところ、厳しい状態が続く。
企業の春闘対応焦点
厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、実質賃金指数(事業所規模5人以上)は2020年を100として見た場合、23年は97・1で、前年から2・5%減った。2年連続で前年を下回ったことに加え、マイナス幅は1%減だった22年よりもさらに広がった。
直近5年を見ても、2・5%減はマイナス幅としては最大。しかも21年以外の4年は、いずれも前年を下回る水準が続いている。
今回の株高によって、企業の業績だけでなく、国民全体の賃金水準にも好影響を与えるか――。焦点はそこに移りつつある。
岸田文雄首相は、今回の株高を受け、多くの国民がその実感を得られるようにするには「物価高に負けない賃上げを実現していかなければならない」と改めて強調した。
経済界の代表、経団連の十倉雅和会長は、円安や中国市場からの資金流入を今回の株高の要因に挙げ、「日本自身が賃上げをはじめとする好循環を回そうとしていることへの期待感も入っていると思う」と指摘した。
実際に賃金は上向くのか。農林中金総合研究所の古江晋也主任研究員は「まずは、今年の春闘で大企業がどこまで賃上げに応じるかがポイントになる」とみる。
株価を見ても業績が好調な企業は多いとして、古江氏は「その恩恵を賃金に反映する動きが広がっていかないと、農産物価格の値上げも難しく、農家が株高の実感を得るのも難しい」と見立てる。
ただでさえ、農業資材の価格が高騰する中、今後はトラック輸送力が不足する「2024年問題」に伴う物流費の上昇も見込まれる。
一連のコスト増加分を農産物価格に転嫁できる環境を整えるには、株高を契機に、より多くの消費者の賃金を引き上げることが不可欠と言えそうだ。
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