白銀の景色が広がる1月の北海道小清水町の牧場。撮影に励むのは、JAこしみずのインスタグラム(インスタ)担当、企画情報係長の山下敬太さん(37)だ。片手に撮影用のスマートフォンを持ち、もう一方の手には演出のために準備した雪だるま。北海道の冬と酪農の魅力を伝えるようと、牛が雪だるまをなめる場面を狙っていた。
“偶然”も面白さ
次の瞬間、狙いは外れた。牛が、木の枝で作った雪だるまの腕を食べてしまったからだ。
撮影は失敗か──そう記者は思った。だが、山下さんの目は輝きを増す。「面白いね。今回は牛が雪だるまの枝を食べてしまう意外性を伝えましょう」。面白いと思えば、その場で臨機応変に撮影テーマを変える。JA全中のインスタコンテストで同JAをグランプリに導いた手腕が光る。
同JAがインスタに取り組んだのは、2年半前。JA外に向けて農産物や地域の魅力を発信するために始めた。当初のフォロワーは数十人だった。
山下さんが投稿で意識するのが、地域の特色を出すことだ。週1回を目安に定期的に投稿する写真や動画では、管内の農畜産物や自然の特色を盛り込む。「JA職員は農家の次に農業の現場に近い存在。この強みを生かして投稿のネタを探している」と話す。
アングルを工夫
撮影や編集では、農業分野で人気のインスタアカウントを参考にする。同じ分野だと、カメラのアングルや撮影のテーマなどに生かしやすいからだ。使う音楽は動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」も見て参考にする。
特色やアングルの工夫を積み重ね、コンバインから大豆が排出される様子を下からのアングルで撮影した動画がグランプリに輝いた。フォロワーは現在、3500人を超えた。
農業との相性◎
JAの広報担当者にとって最も身近なSNSと言っていいのがインスタ。日本農業新聞の「JAモニター調査」(316JAが回答)では、JAが興味を持っている広報の手段としては55・1%と最多だった。
JAとインスタの相性も良い。SNSエキスパート協会の後藤真理恵代表によると、インスタ利用者が好むテーマが料理や生活。食や農を基盤にするJAとの親和性が高いという。利用者も10~30代で過半数が女性。「JAが発信を強めたい若者や子育て世代の消費者が好んで使っているのがインスタ。PR手段としてマッチしている」と分析する。
ランク上位狙う
インスタで重視されるのが、投稿をランク付けする機能だ。ランク上位になると、投稿は表示されやすくなる。上位になるには、投稿への「いいね」や保存の数、視聴時間の長さなどの要素がある。これらを伸ばせるかが、“バズり”を左右する。
フォロワーや閲覧者との交流の深さも大きなポイントだ。後藤代表によると、コメントを小まめに返したり、定期的にライブ配信をしたりするのが有効だ。閲覧者の“滞在時間”を延ばすことも鍵で、写真を複数枚載せるなどのこつがある。
継続性とリスク管理も重要だ。運用は複数の担当者で担い、負担を減らす。1人だと限界がある投稿のチェック機能も強化され、「炎上」リスクを減らせるからだ。
後藤代表は「若い消費者や生産者と交流する上で、インスタなどのSNSをやらないことはリスクの時代になった」と指摘。JAのSNS活用の一層の広がりに期待する。
取材後記
映える風景、おいしそうな食べ物、牛などのかわいらしい動物――。どれもインスタでは人気のテーマで、JAの身近な所にあるものばかりだ。広報で、この優位な条件を生かさない手はないだろう。
農業やJAが持続的に発展するには、ファンとなる若い消費者へのPRが必要だ。一つのインスタに載せた写真や動画が、農産物の購入や地域に足を運ぶきっかけになるかもしれない。
「炎上」などのリスクもあるが、その点を十分に配慮して活用できれば、インスタがJAの情報発信の切り札になる気がした。(藤川千尋)